「私はバカだから」で生きるのやめてみた

学生時代特に、「私はバカだから」と自分のことを下げて
人とコニュニケーションをとっている時期があった。

実際にはそんなに言葉にしていないかもだけど、そんな振る舞いをしていた。



その時の私を振り返ると。



はっきりと覚えている当時20歳の私。
自分が今までの人生で経験してないことにチャレンジする機会を得て
否定される評価されることが怖いと感じる毎日だった。

そのコミュニティは、例えば「大学名」とかで何か評価されることはなくて
やりたい人がやりたいタイミングでチャレンジできる環境だったのだけど。

当時学歴コンプレックスをもっていた私は、同世代の子たちがものすごく優秀に見え(たような記憶)過剰に怖がってしまった。
(なぜ学歴コンプレックスがつくられたか?についてはまた今後)


「あなたはその程度ね」と
そんな言葉が私の脳内でとびかってた。
(実際には誰にも言われていない、起きて無いこと)

「私バカだから」っていって接しておけば、
周りの期待も下がるだろうし、失敗してもこの程度だからって
自分にも見切りがつくし(なんて悲しいの・・)
最初からわかってたって大きく落ち込まずに済むだろうし。

そんな思いが当時は無意識のうちに大きくなって
自分を下げて人とコミュニケーションをとったりしてたのだと振り返る。

「明るくて元気だね!」と言われても
「はい、その程度の取り柄しかないんで」って本気で答えてたと思うwwほんとに捻くれ者。

「私はバカだから」・・だから仕方ないんです。
たくさんの逃げ道と言い訳を用意して、自分の身を守ることで必死。
(思い出すときゅうと胸が苦しいけど、
がんばったね、ってハグしたい気持ち。)

これが無意識ってところが本当に怖い。

「私はバカだから」からおりてみる

そんな、大学3年のある日。
当時付き合っていた彼氏(現在の夫)に

「バカなふりしてるだけ。もう自分のこと下げるのやめな」
って言われたの。

自分の中では結構衝撃で。
本当にそうなのかな?って
受け止めるまで時間がかかったし、
「そんなはずはない、だって私はバカだから」
ってまた上書きするように、脳内罵声が響く瞬間もあった。

でも、一旦自分をバカにするの辞めてみようって。
今私だ立っている土台から私は降りることを選択したんだ。


とにかく、半信半疑のまま。なんとなく降りたといういか手放した感覚。


そして新たなチャレンジがスタート。
すごく怖かったし、たくさん失敗もしたけど。

でもそんな中でも自分の意見が伝えられるようになったり、
受け入れられる経験を通して、

真っ直ぐに、「私」で関係性を築いていく心地よさを感じていった。

大勢の前で自分の考えを話したり、
誰かの「悔しい」「嬉しい」「チャレンジしたい!」そんな想いを
サポートする役割を担って、毎日奮闘。

もちろん、
足りない部分はボロボロ出てくるから
至らない自分を直視することはしんどーーだけど、

もうそれは、みんなから学ばせていただいて、
たくさん吸収して日々取り組んでいた。


すごく楽しかった。辛楽しい。

そのコミュニティで
私に任せてもらえている。という自信を育み
あなただからお願いしたい、って言葉をたくさん受け取れるようになった。

どの土台にたちどんな世界をみるか



「私は自分を下げない」
「私はどんな人とも対等に話がしたい」


あの時の経験から大切にしようと思えたこと。

今は特にフリーランスでお仕事をするようになり、
自分で人と関係を構築し、
自分で思いをもって提供価値をつくり、
自分でお客様に手渡して、
対価をいただく。

こうやって続けてこられたのも、
大学生の私がした
自分で決めた選択のひとつからきているのだと今思った。



いつもここに立ち返る。
うまくいかないなと感じる時は、大体私がひねくれた土台に自分を置いている。

気づいてまた土台を変えて置き直す、それでいいと思ってる。


あなたはどの土台からどんな世界をみていますか?




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